キレイな部屋で暮らしたい(跡地)

跡地でもほっとくのアレなので超適当に日記書いたり書かなかったり
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「当たり前」とは何ぞや

自分のブログで「当たり前」という言葉を検索してみる……あまりの多さに、途中で検索するのを止めてしまった。どうも私は「当たり前なんだけど」というのが口癖らしい。

その「当たり前」という言葉は決して他者を攻(口)撃するのではなく、「当たり前なんだけど」という逃げ口上に使っているものが大多数。「当たり前の事なのに、私ったらダメですよねーエヘヘー」と、まるで犬が腹出してゴロンゴロンしてるような光景が目に浮かぶ。(いや猫でもいいんだけど、猫は服従というよりは別の意味合いの方が強そうだし。実際そこから腹撫でるとガブーッと……ね)

一体誰に対して服従しているのだろうかといえば、それはきっと世間の目。自分に自信が無いというのは明白で、まぁとにかく自分に自信が持てないのだけど、それは何故かといえば自分に自信が無いからで、って何この無限ループ。

少し異常なくらいの自信の無さはどこから来ているのか考えてみたら、自分が子供の頃から結婚して家を出るまで親に散々「当たり前だろ」と言われてきた事もあるのかもしれない。うん、散々言われた。何かにつけて言われてた。「何でそんな事も出来ないんだ」という意味合いで言われてた。

幼い頃、私は家の壁に掛けられている般若の面を見て「母にそっくりだー」と、普通に思っていた。父が単身赴任で家におらず、兄はグレ気味で、母も大変だったんだろうとは思う。まぁ実際大変だったよね。色々あったよね。父の元に引っ越してからも大変だったよね。

だから私も割とほったらかされて育った面も、今思い返せばある。まず私は、箸をまともに持てていなかった。高校の頃にクラスメイトから指摘されても「そうなんだーエヘヘー」みたいな感じで矯正するにまでは至らなかった。バカだ。それが矯正出来たのは結婚前。今はこんなでもあの頃は「お姑様に箸の持ち方なんかでイビられたら嫌だな」と思い、一念発起して矯正しようと実行したら1~2週間かそこらで矯正完了。何だったんだマイライフと言わんばかりに、あっさり普通に持てるようになりましたとさ。

……で、まぁ、箸の持ち方がおかしかったんだけどって話を母にしたところ、「え? そうなの?」とか言われちゃって目が点。全然気付いてなかったらしい。というかね、箸の持ち方教わった記憶、全っ然無いんですけど。でも物心付いてなかったのかもしれないし、なんて思ってたらね。

「え、勝手に覚えるもんだと思ってた」

って。あれホントに教わってなかった。どこかで「そんなこと無いよ、ちゃんと教えたのにダメだったんだよ」という言葉を期待していたのかもしれない。そういや料理なんかに関しても「昔は教えなくとも見て覚えたもんだ」とか言ってたっけ。どうやら私は大変な家で育ったらしい。生活の術は目で盗めって……職人か!

さすがにそれは大袈裟でも、あんまり丁寧に物事を教わったという記憶は無い。「これはこうするもんだ」「これが当たり前だ」と、こんな調子。まぁそれでも出来るようになればそれでいいのかもしれない。問題は出来なかった時。「どうして出来ないんだ」「当たり前の事なのに」「頭おかしいんじゃないか」「病院行け」……散々、言われたよね。片付けられなかった時の話ね、このブログの最初にも書いてたけど。

幸いというか何というか、結婚しろとか孫の顔見せろとか、そういう事は全然言われなかった。そういうのは「人は人」という考え方だったらしいので。そういや勉強しろというのも一切言われた事が無かったっけ。それは自分が出来ないから、と実際言ってたな。

つまり、母は「自分が出来る事は他人も出来て当たり前」と思ってる部分があるんだろうね。あくまでも一部だけど。そしてたまたまその一部が出来ない私がいて、それに苛立ち罵詈雑言。でもね、私、片付け方なんか一度も教わったこと無いんだよ。掃除の仕方だって教わってないんだよ。いや、「だから出来なかったんだ」と開き直るつもりはない。だけど、教わってもいないのに「出来て当たり前だ」と親に言われるのは辛いなと思っただけ。

「当たり前」という言葉は、そこで全てを終わらせてしまう力を持つんだなと思う。何故そうなるのか、どうすれば出来るようになるのか、そういった事を考える隙すら与えない。結果、「どうして自分はダメなんだろう……」と萎縮してしまうだけで、「どうすれば出来るようになるんだろう」という考えに転じる事が出来なくなってしまう。まぁ必ずしもそうではないんだろうけどね、少なくとも私の場合はそうだったかなと。

だから安易に「当たり前」って言葉を使っちゃいけないなーと思ったのね。特に、自分の物差しで「当たり前」と判断しちゃいけないと。あと、自分で「当たり前なんですけどね」と逃げるのも禁止。知らなかったら知らなかったでいいじゃない、出来ないなら出来ないでいいじゃない。知らなかったって事はその時知る事が出来たんだから、あんまり卑下しないの。人間何でも出来るわけじゃないんだから、出来ない事は出来ないでいいの。誰にだって得手不得手はあるんだから、出来ないんじゃなくて「自分にとってこれは苦手だ」と認識するの。

あ、でもあんまり堂々とし過ぎると開き直りになっちゃうから、ほんの少しね。そう、ほんの少しだけ堂々としてなさい。あと、これ一番重要だけど、やろうと努力する事が大事よ。やりもしないのに「出来ない」と言うのは開き直りだからね。よーしよしよし、んじゃ今週も頑張ろうねー。

なんて、自分に言い聞かせる月曜なのでした。ああ調子が出ないなぁ。


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