キレイな部屋で暮らしたい(跡地)

跡地でもほっとくのアレなので超適当に日記書いたり書かなかったり
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義母の心、嫁知らず(逆もまた然り) 後編

続きなんですけど、色々書いてたんですよ。お義母さんは基本的に悪い人じゃないとか、家がアレだとか衛生観念がアレだとかその辺を見なかった事にすると(いやそこが致命的なんだけれども)とても面倒見の良い「優しい姑」だと思うとか。

そりゃね、世の中のね、道理もへったくれもない嫁いびりするようなお姑様方に比べれば、人間的には立派であると思いますよ。だけど、だけどもね、許せない事ってあるんですよ。価値観が違うだけで「許せない」と思う事の方が愚かなんだけど、もうそういう問題じゃないの。

本来だったらここから「価値観の違いと押し付け」についてあーだこーだ続いていくはずだったんですが、そんな事どうでもよくなるくらいの出来事がありまして、全部ぶっ飛んじゃいました。お義母さん、今年の正月のノロ騒動の事忘れてるんですよ。自分が原因の一端だってのすら覚えてないんですよ。

夫が病院に行ってた事を改めて話してもね「あらーそうなんだ、じゃあ近くに来てたんだー」ってあっけらかんとしてて、つい夫と二人で顔見合わせちゃったよ。確かに夫はお義母さんにノロウイルスに感染した事は話したし、正月に病院行ったのも話したし、何故そういう状況で料理をして人に出すのかと咎めもしたし、「だってそれじゃ誰が料理するの」ってお義母さん言ってたってのも聞いた。それでも忘れてる。ケロッと忘れてる。

こちらは口あんぐり状態なんだけど、義弟君とあっけらかんと話し続けるお義母さん。おめでたいというか、何というか。普通だったら怒って改めて事実を突き付けるところなんだけど、もう怒りを通り越して呆れも通り越して、なんというか「あ、もういいや」って思っちゃった。この人に何言っても無駄なんだって。この件に関しては何の感情も持たなくなっちゃった。

怒りや悲しみというのは、まだ何かに対して望むものがある時に発生する感情なのかなぁと思います。そしてその望むものも消えてしまうと次に出てくるのは「失望・落胆」なわけですが、それをも通り越すとどうなるかというと、もうどうでもよくなっちゃうんですよね。つまり無感情。よく言うじゃないですか、「好きの反対は無関心」って。まさにそれ。

ってね、何度も書いてるけどノロ感染自体を責める気はなくて、問題はその対応がまずかったという点。それ以降衛生面に関して何らかの変化があれば、今年の正月の騒動を忘れてもらっても一向に構わないのね。でも、相変わらず衛生面は疑問符だらけだし、みんなで食べてるざるラーメンに平気でコップの飲み水を掛けるし、全然ダメじゃないですか。その上で今年の正月のノロ騒動を忘れてるんだから、なんかね、また同じ事が起きるんじゃないかと思ってしまうのも無理ないですよ。

そしてあれだけの事を忘れてしまうくらいだから、何言ったって無駄だと思ってしまうわけです。だったらもう自分の身を守るのに正攻法使う必要なんかないんですよ。今までは色々罪悪感みたいなものがあったけど、そんな罪悪感も消えました。あ、いいや、仮病使っても。そう思ってます。本当に本当に本当に本当に、あんな思いするのはもう嫌なんです。今年に限らず例年何かしら夫実家で憂鬱な思いをさせられてきたからこそ、今度は正月三が日明るい気分で過ごしたいです。



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