キレイな部屋で暮らしたい(跡地)

跡地でもほっとくのアレなので超適当に日記書いたり書かなかったり
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自宅避難生活

こんばんは、ピコです。あれからもう1ヶ月か…。
でもね、あの地震自体は過去のものでも「震災」は終わっていません。まだ渦中です。一日たりとも揺れなかった日は無いし、それどころか毎日何かしら身構える程の余震が発生しているし。最近は減ってきたとはいえ、まだまだまだまだまだ油断出来ない日々が続いてます。

個人的な事に限って言えば震災ごみ出せずに困ってます。車じゃないと持っていけないのよね…ていうか普通の車にタンスなんか入るかーっ!! まぁそんなわけでトランクに積めるように地道に分解してたわけなんですけど、日曜日に持って行けるかなぁ。(朝から夫の実家で法事が……はぁ)

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今日は先月のライフライン断絶の時に家でどう過ごしていたかという話です。(いつになったらリアルタイムな生活の話に追い付けるんだか…)

電気が復旧したのは16日、水道が復旧したのは……ええと、いつだっけな(メモしておけばよかった)、18日か19日の夕方だったかと。そんなわけでやっぱり大体1週間くらいでした。

避難所が徒歩圏内にあったおかげで水とトイレの心配はしなくて済みました。いざとなったら川に水汲みに行こうかと(常々)考えていたんだけど、そうならなくてよかったです。トイレはいざとなったら庭に穴掘って(以下略)。うん、それは本当にやらなくてよかった。もうちょっと別の方法考えようよ…。

入浴は当然出来るわけがないんだけど、一日置きにぬるま湯を鍋に作って体を拭いたり軽く行水してました。髪は実家に行った時に1回洗っただけ。まぁでも夫婦揃って性根が物臭なので大丈夫でした。

ちなみに洗濯は一度もしませんでした。一応柔軟剤入りの液体洗剤買ってきたんだけど(その方が楽かなと思って)、結局全て復旧してからだったなぁ。まぁでも夫婦揃って性根が(以下略)。下着は多めにあったから問題無かったけど。毎日同じ服でも気にしない。

食料は以前にも書いたと思うけど、むしろ冷蔵庫の中身を心配するくらい物があったので問題無し。数日間は実家に毎日行ってたので、食べ切れなさそうな半解凍の食材あげたり食事作ってもらったり、たまたま来ていた近所の方にも半解凍の食材差し上げたりしたので、最小限の被害で済んだかなと思います。夏場だったら停電後1~2日で無理だったかもしれないけど…。

そんなわけでどんな食生活を送っていたかというと、朝は缶詰のパン(クラッカー)が主。たまに朝食抜き。昼は家でうどんだったり、実家で食べたり。夜は豚汁(食材を実家に渡し、夫の実家に行って手伝いをしている間に作ったのを分けてもらった)や自宅で悪くなりそうな物を総動員したカレー味の謎スープなど。

これが夏場ならまた違ってくるんだろうけど、夜はかなり冷え込んだので汁物を作り置きというのは有効でした。謎スープに至ってはショートパスタを突っ込んで炭水化物を補給。ロングパスタ茹でるよりこっちの方が楽なので、非常食に追加しときました。非常時の料理のコツは、水と手間と火をいかに掛けないかというね。

ちなみにうどんというのは、生協のカレーうどん。生タイプ即席麺。いや夫の実家から1箱(地震よりもずっと前に)貰ったんですけどね、まさかこれがこんなに役立つとは思いもしなかった…。こういう時にカップ麺はあんまり食べたくないんだけども、ホンコンやきそば非常食の中に入れとこうかな。水が無くてもそのままボリボリ食べればいいし。(おい)

…と、大体こんな調子で朝は7時に起き、夜は9時頃に布団の中に入るという生活を繰り返しておりました。健康的といえば健康的なんだけど、まぁ実際夜9時から朝7時までずっと熟睡なわけないですしね…余震の度に目覚ますし。昼間は双方の実家に行ったり、行かない日は外を歩いたり。問題は日没後で、どう過ごしたものか…。

照明は仏壇用ろうそく2本で問題は無かったけれど、余震の度に吹き消すのが面倒なので台所からステンレスのバットを持ってきてその中に置いてました。それでも地震がくると消してたんですけどね。更にベニヤ板などを使って「コ」の字の形の囲いを作り、内側にアルミホイルを貼り付けて反射させてみたり。やる事が無いんだけど、じっとしてると不安でしょうがなかったのでしょーもない事ばっかりしてましたよ。

普通のろうそく以外に花形のろうそくもあったんですけど、中心部だけ燃え尽きて芯が無くなってしまい、外側の部分のロウが丸々残っちゃうんですよね。だから中にマッチの燃え殻入れて燃やして暖を取ったり(真似しないで下さい)、融けて下に落ちたロウをペリペリ剥がして暖を取ったり。夫の目が何か可哀想なものを見るような目になってたような気がするけど気にしない。

他に何をしていたかというと、オセロ。いやだからじっとしてると不安になってしょうがないから、実家からオセロ持ってきてね。オセロ下手なんですけど、夫も下手というかやった事がほとんど無かったらしいので、同レベルで拮抗した対局に…傍から見たら情けない対局だけども。(そして3局目で飽きる)

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こうやって書いてると何か楽しそうな感じに見えるんですけど、実際は不安のもぐら叩き状態でしたかね…一つ問題が解決すれば別の所で不安が持ち上がり、そっちを叩くと別の所で…みたいな。

それは今でもあんまり変わらないです。ただ、ネットで情報を拾っては自分で考えられるようになってきたので前よりはメソメソしてないかなぁと。最初は何も見たくない何も聞きたくない状態だったけど、情報をシャットダウンしてただ恐がるだけというのはよくないなと思いました。ネット上も流言飛語だらけで何が正しい情報なのか見え辛い状況だけど、ちゃんと現実を見ないとダメだなぁと。

(次回はライフラインが復旧してからの話をちょこっと)