キレイな部屋で暮らしたい(跡地)

跡地でもほっとくのアレなので超適当に日記書いたり書かなかったり
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頑張るという事

独り言なので他意はありませぬ。

「頑張れ」という言葉は、時に人を追い詰める or 突き放す。というのはよく聞く話。だからまー安易に「頑張れ」って言っちゃいけないんだよー、というのが昨今の流れなんでしょうか。どうなんでしょうか。

「頑張る=努力する=他の物事を排除し、集中して取り組む」という意味合いだとは思うのだけど、ちょっと頑張っただけでも結果を出せちゃう人と、頑張って頑張って頑張って頑張ってようやく結果が出せた人とでも最終的な評価って同じようなもんですよね。結果が出せたんだからオールオッケー。じゃあこれが、結果を出せなかったとしたらどうなのか。そこでようやく「過程」が出てきて「努力が足りない」とか言われるわけですね。結果を出せた人には「努力が足りない」とは言わない。言う必要が無い。

で、問題なのが「ちょっとだけ頑張って放り投げた人」でも「頑張っても頑張っても頑張っても頑張っても結果が出せなかった人」でも同じように「オマエもっと頑張れよー」と言われちゃったりする事。すごく頑張った人からしてみれば同列で語られたくないと思うでしょう。あと「頑張ったのに、これ以上何を頑張れって言うんだよ」と思うでしょう。

更にややこしくなるのが、その頑張りというのが結果無しでは数値に出せないという事。例えば「テストの点数が0点でも頑張ったね!」と褒める人はなかなかいないだろうし、褒められてもどういう顔すりゃいいのか分からない。結果が出ないという事は間違った方向に頑張ってたりする可能性もあるので、その「間違った努力」を評価しろというのは難しい問題。そして、そこでただ「次頑張ろうね!」と言われても、道筋が見えない人からしてみれば、どう頑張ればいいか分からないわけで。

じゃあ自分はどうなのかって、別にね、どんな状況で言われても特に気にしないタイプ。というか常に努力は足りないと思ってるし、頑張った! と思う事があっても、それ次の日には忘れる程度の頑張りだからね。程度の認識でしかない。そもそも自己肯定感が著しく欠如しているので、もっと頑張れよと言われたら、はいそうですねとしか言い様が無いと思っちゃう。

なんだろね。仮に努力の桝なんてのがあったとしたら、私の桝、完全に穴空いてる。全然努力が蓄積していると感じられない。でも桝の下に落ちても他のなんやかんやと一緒になって溜まってるから、決して努力は消えちゃいない。だから思わぬ所でその努力が功を奏したり……っつー話をでっち上げたんですけど、どうですかね。どうもこうも、最初はもっと違う話の流れになるはずだったんだけどなぁ。ふと思った事を書くからこういう事になるのです。でもまぁ独り言に起承転結ある方がおかしいから。

というわけで起承転結の結をぶん投げて終わりにしたいと思います。なんだこれ。