キレイな部屋で暮らしたい(跡地)

跡地でもほっとくのアレなので超適当に日記書いたり書かなかったり
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地震後2日目 実家の状況

こんにちは、ピコです。
余震でまた落ちたりするかと思うと片付けられなかった場所もあるんですが、そろそろ片付けようかなと思うようになりました。いつまでもビクビク過ごしててもしょうがないですし。

だけど改めてネットで津波の映像を目の当たりにすると……言葉が出てきません。「自然災害」で片付けてしまうのはあまりに残酷過ぎる。今までテレビすら見ておらず(余震が恐くてテレビ台から下ろしたまま放置中)、ネットで情報収集はしていたものの(生活情報が主だけど)…映像系はどうしても見れなかったです。思う事はいっぱいあるけれど、上手くまとめられません。

…というか、もう3月も終わりだなんて。
いつの間にそんなに時間が過ぎたんだい?

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地震があった日の翌日。
目覚めと同時に「生きてる」と実感する朝なんて今まであっただろうか。(いや、無い)

だけど決して爽やかな朝ではなかった。余震に怯える不安な朝。こんなに地震が恐いと思ったのは生まれて初めてで、ニュースをチェックしたくないと思ったのも初めてだった。いや、そんな事よりも相変わらず母の安否が確認出来ない。災害伝言ダイヤルって言っても、片方が使い方分からないのではなぁ…。(こういう時の為に母に使い方教えとくべきだった)

しかし安否が確認出来ないというのに、不思議と「大丈夫だ」と思える自分がいました。仕事中で足止め食らっているだけのような気がしたんですよね。いや、むしろそこで足止めを食らっていてほしいと願ってたり…。

って、普通なら「どこの世に帰宅難民である事を望む親不孝者がいるか」という話なんだけど、母に限っては別。むしろ自宅で一人で被災された方が不安なんですよ…。「弱点は地震」と書いてもいいくらい地震が苦手で(そりゃあんなの誰が好き好むかって話だけど)極度の恐がりなんです。

あれは私が幼い頃。
秋田県沖地震(日本海中部地震)が発生した時、慌てた母は1階の出窓から裸足で飛び降りたらしい。母曰く「○○さん(隣の家の人)が見えたから」だそうだけど、大きい窓(掃き出し窓)から出ようよ。というか、普通に靴履いて玄関から出ようよ。

ちなみに震度そのものは5くらいだったのかなぁ、子供心にはそんなに恐いとは感じなかったんだけど。家も特にこれといった被害は出てなかったような気が。(揺れそのものよりも津波の被害が大きかったんですよね…)

そして数年前(7~8年くらいだったかなぁ)にも結構大きな地震に遭遇したんだけど、慌ててやかんを持ってオロオロ…確かにやかんが落ちて熱湯被ったら危ないけど、持ったままオロオロする方がもっと危ないと思う。

他にも多くの逸話(?)があるんだけど、あまり書くのもアレなので割愛。とにかく恐がりなんだけど、自ら率先して避難所に向かうという事もしないと思うので、それなら人がいる仕事場の方が…と思ったわけです。あんな激しい揺れ一人で体験してたらパニック起こしかねない。

とりあえず、夫の実家含めて様子を確認しに行く事にしました。母が帰ってきていればいいなと願いつつ。

結果から書くと、母は無事でした。元気でした。よかった…。
ちょうど仕事中で、同僚にしがみついてたそうです。ああやっぱり…。

そしてやはり帰宅難民になっていたらしく、ホテルで宿泊客と一緒に一晩過ごしたとの事。客室は危険だからと、皆一階のロビーに集められたそうです。それで、朝になってバスが通っていたので乗って帰ってこれたと。

しかし実家はこちらよりも酷い事になっていました。玄関の靴箱は倒れ、大きなタンスも派手に倒れて…やっぱり家で地震に遭わなくてよかったかも。食器棚は倒れはしなかったものの中で食器が割れていて、外では灯油のホームタンクが倒れ、灯油が漏れ出てました。うわああああっ!(近所の方が食器洗い用洗剤を水で希釈して撒くのをしばらく続けると良いと教えてくれたので、そうする事に。ガス屋さんにも報告済み)

ライフラインは電気が止まっただけで水道とガス(プロパン)は無事。水圧は弱いものの水が出るというのはいいなぁ…でもいつ出なくなってしまうか分からないので、浴槽に水を溜めてました。(トイレは簡易水洗なので勿論使用可能)

その後夫の実家に行ってみると、地面に亀裂が…。だけどそれでも倒壊しない納屋周辺が逆に恐かったよ…あの構造(ブロック積んでその上に支柱があるだけの屋根とか)で倒壊しないんだもんなぁ。家そのものは無事というわけにもいかず、入口辺りに段差があったり、亀裂家の下を通っているせいか床が……正直建て替えしかないと思われる状況。外からパッと見た感じでは被害を受けてないように見えるんだけども。

それでもみんな無事で元気なのが何より。お義祖母ちゃんがマイペースなのも何より。こんな時に庭木の手入れを夫に頼むとは…さ、さすがというか、何というか。そしてお義母さんもマイペースなのも何より。2階が酷い事になっているらしいのだけど「いいや~」と投げてました。いや投げないでこれを機会にスッキリとさせましょうよ。

そういえばお義母さんが「2階(夫の部屋)の本棚だけは倒れてこなかった」と言ってたんですが、それ、たぶん私の仕業です。数年前夫の部屋を片付けた時、アルバムや重い本を全部下の方に詰め込んだからです。(上はCDやら文庫本やらゲームソフトやらを突っ込んだ)

「重い物は下に収納」これ鉄則。

そして再び自分の実家に戻ると、倒れたタンス以外はすっかり元通りに近い状態になってました。早いなぁ…。ちょっと早い夕飯を食べ、水を貰い帰宅。再び余震に怯えながらの就寝タイム。これが普段の生活だったら健康的なんだけどなぁ…。

3日目・4日目も実家に行く事になるのですが、それはまた次回。
(長くてスミマセン)

地震が起きた日の夜

こんばんは、ピコです。
週末は別のスーパーに歩いて行ってみました。

ちょうどお昼頃に行ってみたのですが、普段よりちょっと混んでるくらいな感じで特に混雑を感じる事も無かったです。品薄だ品切れだと騒がれていた牛乳や卵も在庫が沢山ありました。あと米も普通に置いてたし、野菜も割とあちこちから入荷している様子。普段よりもかなり品薄でも棚がガラガラという場所は少なかったように感じます。

しかし店内を歩いてると頭がクラクラしてくるんですよね。何事かと思いきや、床が水平じゃないんですよ。あちこち傾いてるというか、うねってるというか。周辺の道路も地割れが酷かったりするので、店も相当の被害を受けてるんだなぁと…数少ないスーパーなので、買い物をして貢献したいです。とりあえず値下げされてない定価の惣菜買ったぞー。(貧乏人なのでスケールが小さい)

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前回の続きです。
薄暗い中家に入り、状況を改めて確認。

当然電気はダメ。となると、心配なのは冷蔵庫の中身。食べる物があるというのは大いに助かるけれど、調理が出来なきゃ意味が無い。恐らく冷凍庫の中の物は多少諦めざるを得ない物も出てくるだろうな…と諦めの境地。

食料に関しては、冷蔵庫以外にも常温保存の物がそれなりにあった。米もあるしパスタも2人で2食分はある。バターロールも1袋残ってるし、缶詰も色々。他にも非常食として缶詰入りのパンやクラッカーなどもあった。カセットコンロがあるので一応調理は出来るけど、肝心のボンベが1つ。なので非常食から先に手を付けていく事に。こういう時に食べなかったらいつ非常時だと言うのだ。調理は復旧の様子を見ながらという事に決めた。

そして水道もやっぱりダメ。そりゃそうだよなぁ。配水管に残っていたと思われる水を全てバケツに溜め、猫の飲料水に。人間はまぁ何とかなるさ。どうしてもアレなら非常食パックに手を付けるさ。(アメリカ製。3日分の非常食と水とブランケットが同梱されている…まさかこれを使う事を本気で考えなければならない日が来るとは)

水といえば、賞味期限の切れたミネラルウォーターをうっかり放置してたままだったのが数本残ってて、とりあえず飲料水として使わなければ有効だなというわけで使う事に。普段だったらダメダメなんだけど、この時ばかりはそのダメさ加減に助けられた…。

ところで「ライフラインは壊滅」と書いたんですが、実はガスだけは無事でした。都市ガスじゃなくてプロパンなんですよ。倒れてもいないしマイコンメーターも問題なく動いてました。さすがプロパンというべきなんですが、我が家ではコンロがIHで湯沸しにしかガス使用してないため、せっかくガスが無事でも全く意味が無い代物になってしまっていたんですよね…無念。

ガスは使えても使い道が無い。
水が出ない。電気も止まってる。

つまり、トイレも使えない。(そりゃそうだ)

水洗化する前は汲み取りトイレを嫌ってはいたものの「災害時は汲み取りの方が有利なんだよな」と薄々感じていた事が現実に。非常時の対策しなきゃと思いつつ出来なかった自分を激しく後悔…。

いや、非常時には猫砂が使える(人間がね)という話は聞いてはいたけど、いつ復旧するかも分からない状態で猫砂のストックを減らすわけにはいかない。いいの、人間は何とかなるから。

そのうちかなり暗くなってきて、明かりどうしようかなぁやっぱり仏壇のろうそくを拝借しようかなぁと思っていた頃、夫が帰宅。ホントに会社の車で帰ってきたよ…。

「行くぞ」

夫が働いているのは隣の市だけど本社は市内にあるので、そこに車を返しに行くというのです。だから車でついてこいと。え、いやあの無理なんですけど恐いんですけどだって信号ついてないじゃないですか道どうなってんですか。(本当に免許取ったのか)

本気でビクビクしながら車を走らせると、意外にも普通でした。いや全然普通じゃないんだけど。信号は全部消えているというのに、交通整理をする人など誰もいないというのに、車はそれなりにスムーズに流れていました。よくよく考えたら単なる「信号の無い大きな交差点」なんですよね。そう思うと少し気が楽に。若干危なっかしい車もいたけど、普段以上に注意して走ればあまり問題もありませんでした。

しかしもっと恐いのは路面。あちこち段差や地割れが生じていたり沿道の家の被害も大きくて、所々突発的に片側交互通行状態。だけど地震から僅か数時間ですでにコーンが立てられていたり応急処置が為されている所があったりと、その対応の早さにビックリ。過去の地震で得た教訓が生きているって事なんですかね…。

無事に車を返却し、時刻は夜7時。
既に辺りは真っ暗。家に着いても真っ暗。

…やっぱり復旧するわけないよなぁ。

3年前の地震でも停電と断水は起こりましたが、住んでいる地域では数時間程度で復旧していました。だからといって「一日くらいで復旧するよ」なんて甘い考えなど持てるはずもなく…。そもそも地震の規模が違い過ぎる、被害の規模も違い過ぎる。一日そこらで復旧するわけがない。じゃあどのくらい掛かるんだろうか。考えたくも無い事を考えてしまう。

(自分達の住んでいる地域では)1週間……かな。

たとえライフラインが復旧しなかったとしても、1週間過ごせば何か変わる、根拠は無いけどそう思っていました。「たった」1週間なのか、1週間「も」なのか。どっちなのかは自分でもよく分かりませんでしたが。

帰り道に人が沢山集まってきているのが見えたので、近くの施設に様子を見に行く事に。こういう時は人の姿を見るだけでも少し安心します。どうやら避難所として使われるようで(てっきり別の場所だと思ってた)、地域一帯から沢山の方々が来ていました。普段は閑散としているけれど、駐車場も車で溢れている状態。申し訳ないけれど、トイレを拝借。

避難所にいるべきなのか、それとも自宅で過ごすべきなのか。迷いました。夫は「自宅」の一点張りだったんですが…余震が恐い、情報が無いのが恐い。でも猫の事を考えると結局は自宅なんですよね。

家に戻ろうとした頃、食料など色々物資が運ばれてきました。飲料水ちょっと貰えれば助かるんだけどなぁ…でも避難所にいるわけでもないのに貰っていいものなのか…。どうしたものかと眺めていたら係の方に促されたので、ペットボトル(2リットル)1本だけ貰って避難所を出ました。

帰り道は不気味なくらい真っ暗。「夜型人間」とは言うけれど、結局のところ明かりありきの夜型なんですよね…本当の暗闇じゃ人間何も出来ない。携帯のライトを頼りに道を歩く。聞こえるのは避難所の自家発電機のモーター音と多数の車のエンジン音、そしてサイレン、地鳴り。寒い。恐い。

そして帰宅。明るいうちに危険な物を片付けておいてよかったです。しかし暗い。さてどう過ごせばよいのやら…。

天井の照明が落ちてしまった仏間が一番過ごしやすいと判断し、そこを拠点とする事にしました。余震で仏壇が吹っ飛んでくるのも恐いけど。転倒防止の金具を付けようと思ってうっかりそのままだったロッカーは全然倒れなかったわけなんですが、万が一倒れてきても大丈夫なように、テーブルを置いてガード。(気休め)

照明代わりはやはり仏壇のろうそく。余震が多過ぎるので危険かなぁと思ったものの、非常用持ち出し袋の中に入っていたライトを使おうとしたらうっかり壊してしまったので(バカ! バカ!)、やむを得ず。町内会で貰ったものだったんだけど、やっぱりちゃんとした物を買わないとダメだったか…。

そしてどうにも寒かったので反射式ストーブを使う事に。だけど灯油の残量があまり無かったので(18リットルポリタンク半分以下)、毎日3時間だけと決めた。意外にもこれが功を奏してまだ灯油を買わずに済んでいたりして…。

大きな余震が来るたびにろうそくとストーブを消す。なんとも落ち着かない。途中でラジオの存在を思い出し(今更)、しかもラジオにはライトが付いていたのも思い出した。だけど手回しだとすぐに切れてしまうので、エアコンの電池を引っこ抜いて転用する事に。(少しは明るくなりました)

食欲があまり無かったので、非常用のパンを夫と半分こ。ストーブの前にいても何だか寒い。ラジオから聞こえてくるのは沿岸部の被害状況。一体どうなっているのか、想像出来ない。真正面から情報を受け止めようとすると耐え切れずどうにかなってしまいそうだった。

起きていてもどうにもならないし、灯油を無駄に使いたくないので8時過ぎに就寝。着替えもせず布団に潜り込んだ。とはいえ眠れない。余震は絶え間無く続いていたような気がする。どうにか楽しい事を考えようとしても、どうしても地震の事ばかり考えてしまう。いや、考えたくないのに思い浮かんでは消えない。頭の中は地震の事とこれからの事でいっぱい。そして余震。ついでに全然体が温まらなくて寒い。そんなんじゃ眠れるわけがない。

それでも疲れていたからか、少し眠っていた。余震で起きて、うとうとして、余震で起きての繰り返し。夜明けがこんなに待ち遠しいものだとは思わなかった。いつもは「まだ寝てたい」と思うのに、時計を見ては「夜明けまで○時間」とカウントしていた。

そして夜明け。
長い一日がまた始まるのですが…。


地震が起きた日(日没まで)

こんばんは、ピコです。
まだまだ余震が続いています。震度低くても縦揺れは恐い。

そんな中、昨日スーパーに行ってみたら先週よりも物が増えていて(でもまだまだまだまだ品不足ですが)、ちょっと安心しました。

しかしやはり数量限定の物が多いので店側も一苦労といった感じです。「1個まで」と大きく貼り紙してるのにもかかわらず何個も買おうとするんですよね。おばちゃんパワー恐い。断られても更に粘って挙句の果てに後ろに並んでた知り合いに買わそうとするその勢いってどっから来るんだろ。元気でいいなぁ。(いいのか)

ちなみにそこまで執着する物って何かといえば、油揚げ。
…好物なのかなぁ油揚げ。(違うと思う)

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では今日は、あの日の事を思い返してみようと思います。
あんまり暗くならないように、極力いつもどおりのノリで。

3月11日、お昼頃……

そう、あの日はいつもと変わらずのっそりとした生活を送っていました。
お昼過ぎにようやく「あーいいかげん猫トイレ完成させないと」と重い腰を上げ、中央の部屋(仏間)で作業をする事に。

猫達に邪魔されないように襖や障子を閉め切り、寒かったので反射式ストーブを背後に置いて、部屋の中央で作業していたんです。一度作業を始めると成功していようが失敗していようが没頭してしまうので(というか豪快に失敗してたけど)、時間が経つのを忘れていました。

と、そこに大きな揺れ。
2日前にも地震があったので「あーまたかよ」と割と呑気にストーブを消し、身構えたまでは本当にいつもと変わりませんでした。秒数にしたら…うん、よく分からないけど(なら書くな)、とにかく秒単位の話です。

「またいつもの地震か」と思ったのは1秒。
「また3年前の地震レベルなのか」と思ったのが2~3秒。
(ちなみに3年前の地震というのは『岩手・宮城内陸地震』の事)

実際の秒数は分からなくても、体感的にはそんな感じでした。
そして次の瞬間、何とも比較出来ないような揺れに襲われました。あ、これはマズイ。そう思い、ガラス戸を開け縁側に

ガシャーン!!

背後で照明が落ちてきました。いや、降ってきました。というか、その時は全然気付きませんでした。落ちた音すらも分かりませんでした。地鳴りと家の軋みと全ての物が揺れてぶつかり合う音でいっぱいだったからです。とにかく知らぬ間に命拾いしました。(でも反省点としては、窓ガラスが割れる危険性が高い縁側に出るべきじゃなかったのと、頭を防護しなかった事だなぁ…)

縁側に出ても揺れは弱まるどころか加速するばかり。立っていられず玄関前で座り込む。今まで体験した事のない揺れ。何とも比較出来ない、あ、でもこの揺れの感じはどこかで……そうだそうだ、アレだ。地震体験車。実際乗った事はないけど、よく防災関連のニュースか何かで見るじゃない。まさにそんな感じ。まるで震度7。

とにかく玄関を開けないと。退路を確保しないと。
そんな思いで再び立ち上がり玄関の戸を開けたまではいいけれど、そのまま転がるように外に放り出され

ガシャーン!!

直後、玄関にガラス戸が2枚倒れてくるのを目にしました。テレビに押されて倒れてきたらしく、そのまま座り込んでたら間違いなくガラスを頭から引っ被ったでしょう。何なんだよ!(訳が分からず怒り出す)

片方サンダルが脱げた状態で呆然と芝生の上に座り込んで、家と電柱を見る。それしか出来ませんでした。しかしまだ屋内には猫がいます。押入れで寝てたからきっと押入れにいるはず、と靴を履き土足で屋内に再度入りました。今思えば焦る必要は無かったんだと分かりますが、その時は「とにかく猫を連れ出さないと」という思いしかなかったんですよね…。

小鉄と海栗は押入れの中にいました。よかった…って、大福の姿が見えません。2匹をキャリーに入れ外に連れ出し、再度家の中へ。

必死に探し回ったところ、大福は納戸の上にいました。そういや普段もテンション上がった時や逃げる時は縁側ダッシュで納戸の上に飛び上がるんだったっけ。「おいで、大丈夫だよ」と声を掛けると珍しく素直に降りてきました。普段は呼んでも来ないのになぁと思いつつ、それほどビックリしていたんだなと思うとなんとも。

「ごめんね、もう大丈夫だよ」
そう声を掛けて車庫へ。猫を車に乗せ、まずは一安心。

その日はたまたま車を借りていたのでした。そう、たまたま車を借りて、たまたま朝にガソリンを満タンにしていたんです。給油前のガソリンの残量は残り僅か。夫はギリギリまで給油しないタイプですが、私はそれを非常に不安がるタイプだったので「仕方ないなぁ」と朝に給油してくれたのでした。それが後々の行動に大きく影響するとは…。

車庫は倒壊しなさそうな感じだったけど、近くに電柱があって恐かったので、とりあえず車を車庫から出し、家の脇に停車。こういう時は鍵は付けたまま、ドアはロックしないままだったよなぁ。近所の方がやってきて安否確認。この辺はみんな無事らしい。少し安心。

家の周囲をぐるっと回って確認すると、特に土台が崩れているとか壁に亀裂が走っているというものも無し。給湯器も落ちていないしプロパンボンベもチェーンでしっかり守られ倒れていなかった。電柱もしっかり真っ直ぐ立っている。3年前の地震よりも大きな地震が来たらダメなんじゃないかと思っていた物置小屋すらも、僅かに傾いたような気がするようなしないような、という微妙な被害。物置の中は一見メチャクチャだったけど、片付けていたおかげで最小限の被害で済んだ。奥の棚に置いておいたPCのモニタは入口まで吹っ飛んでいたけど。

とりあえず家の中に入っても大丈夫かなと、土足のまま入り込みました。その途端に大きな揺れ。外に退避。揺れ収まって再び屋内、そして余震。退避。これの繰り返し。というか、入る時に限って揺れませんか。何故ですか。(それくらい大きな余震が立て続けに起きているからです)

その間に貴重品(元々ショルダーバッグに突っ込みっぱなしだったので楽だった。普段なら一箇所に貴重品をまとめておくのはあんまり良くないけどね)や猫のフード、非常用持ち出し袋、携帯の充電器、ノートPC、毛布……思い付くままに持ち出しました。車に積みました。はてどうしよう。

ここで思考停止。

そうなんだよね、車に積んだはいいけど、そこからどうするの。どうすればいいの。とりあえず様子見るしかないのかなぁ。家の中は恐い。だけど家の外だって恐い……そういえば夫はどうしたのだろうか。隣の市とはいえこれでは同じくらいの被害に遭っているのでは…ダメ元で夫に電話してみるか。当然繋がりませんでしたが。

実家も母の携帯も当然×。そればっかりはどうにもならないなと、半ば諦めの境地。でも何故かネットには通じたので、とりあえずブログのコメント欄に「生きてます」と書いておきました。(結果的にブログを知っている遠方の友人にも見てもらえたのでよかったです)

ラジオの存在を思い出し車で聞いてみると、ようやく事態の深刻さに気付きました。市内で震度7って、そんな…宮城県沖地震とかそんなもんじゃない、もっと大きな、いや、巨大な地震。自分のいる場所はこんなんだけど、他の街は。沿岸部は。一体何がどうなっているというの。聞けば聞くほど混乱するばかり。

そんな時、着信がありました。
夫からで…慌てて切っちゃった!(落ち着け、本気で落ち着け)
ああっ! せっかく繋がったというのに!

幸い何度か掛け直してようやく繋がったんですが、これから会社の車で家に帰ると。え、大丈夫なの。道とか大丈夫なの。そこで今更ながら気付きました。車で移動するなんて無理なんじゃないかと。

最初は「車があるから夫を迎えに行く事も出来るし、猫連れて実家に行くのも選択肢の一つかな」なんて馬鹿みたいに呑気に考えてたんですが、これだけ大きな地震で道が無事なわけがありません。道がどうなっているかも分からないのに、明らかに停電していて信号は消えているのに、どうやって運転していくのだと。

夫と電話で話したのを境に、通信手段は一切断たれました。
ネットも見れなくなりました。

……片付けるか。

オロオロしててもどうにもならない。目の前の事をやるしかない。
無事に夫が家に辿り着けるのを祈りつつ、片付ける事にしました。

非常用持ち出し袋の中に入れておいた軍手を履いて(※方言)、玄関に飛び散ったガラスをほうきとちりとりで集め、外れた戸を外に持ち出す。テレビはどういうわけか落ちてはいなかったけれど、大きな余震で落ちてくるのも恐いので敢えてテレビ台から下ろす事に…お、重い。落下した照明を外に出し、台所で割れていた食器類も一緒に外に出しました。

家具類は納戸の古いタンスが倒れていた以外は全て無事。仏壇も飛んできませんでしたが、右側に大きくズレていたのできっと東西方向に最も激しく揺れたんだと思います。(確かに震源地を見るとそんな感じかなぁ)

トイレは棚の上の物が落ちてきてはいたけど、ふたカバーを掛けていたおかげで特に被害は無し。ボックスのふたが欠けたくらい。浴室は全く被害無しで、洗面所も特に被害無し。

一通り確認して、靴を脱いでも歩ける状態にしたのはいいものの、どうしよう。まだ家の中で過ごす気にはなれず。余震は相変わらず大きいものばかり、だけど夕刻になり冷たい雨まで降ってきて体は冷える一方。猫だってずっと車の中に入れておくわけにはいかない。

サイレンが鳴り響く中、怯えながらも家の中で過ごす事に決めました。
これからどうなるんだろう、と不安に思いながら。


【追記】
コメント欄ですが途中まで返信させていただいておりますので、もう少々お待ち下さいね。それぞれ短めの返信で申し訳ないですが、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。今回初めてコメントいただいた方々もありがとうございます、これからもよろしくお願いします。

今回改めて沢山の方々にご覧になっていただけてるんだと実感し、とてもありがたく思います。通常の更新が出来るようになるにはもうちょっと時間が掛かると思いますが、お待ちいただければ幸いです。(しばらく震災関連の話が続くと思います)